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大阪高等裁判所 平成9年(ネ)1674号 判決 1998年2月13日

控訴人(一審本訴原告) 医療法人X会

右代表者理事長 A

右訴訟代理人弁護士 佐古祐二

被控訴人(一審本訴被告) 株式会社Y1銀行

右代表者代表取締役 B

右訴訟代理人弁護士 月山純典

被控訴人(一審参加人) Y2

右訴訟代理人弁護士 豊田泰史

主文

一  原判決主文一、二項を次のとおり変更する。

1  被控訴人株式会社Y1銀行は、控訴人に対し、金二一九五万三九五五円及びこれに対する平成八年八月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人株式会社Y1銀行は、控訴人に対し、金二億七一五〇万七二八九円に対する平成七年六月二日から平成八年七月三一日まで年六分の割合による金員を支払え。

3  控訴人の被控訴人株式会社Y1銀行に対するその余の主位的請求を棄却する。

二  控訴人と被控訴人らとの間において、和歌山地方法務局平成八年度金第一〇六三号供託事件(供託金額金二億四九五五万三三三四円、供託者被控訴人株式会社Y1銀行、被供託者控訴人又は被控訴人Y2)の供託金の還付請求権が控訴人に帰属することを確認する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを八分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人株式会社Y1銀行の負担とする。

四  参加費用は、第一、二審を通じて被控訴人Y2の負担とする。

五  この判決は、一項1、2に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

1  主位的請求

(一) 原判決主文一、二、四項を取り消す。

(二) 被控訴人株式会社Y1銀行(以下「被控訴人銀行」という)は、控訴人に対し、金二億七一五〇万七二八九円及びこれに対する平成七年六月二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人銀行の負担とし、参加費用は、第一、二審とも被控訴人(参加者)Y2(以下「被控訴人Y2」という)の負担とする。

(四) (二)につき、仮執行宣言。

2  予備的請求(当審新請求)

(一) 原判決主文二、四項を取り消す。

(二) 控訴人と被控訴人らとの間において、和歌山地方法務局平成八年度金第一〇六三号供託事件(供託金額金二億四九五五万三三三四円、供託者被控訴人銀行、被供託者控訴人又は被控訴人Y2)の供託金の還付請求権が控訴人に帰属することを確認する。

(三) 前示1(三)と同じ。

二  被控訴人ら

1  本件控訴及び控訴人の当審予備的請求をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

一  原判決の引用

原判決事実摘示関係部分を引用する。

ただし、次のとおり補正する。

六頁四行目の「原告に」を「控訴人は」と改める。

八頁三行目文頭から同六行目文末までを次のとおり改める。

「しかし、被控訴人銀行は、本件各預金が控訴人に帰属するものであることを、控訴人代表者理事長が改印届を行った平成六年一〇月二十七日、あるいは遅くともその後調査検討のための相当期間を経過した時点で、認識していたか、あるいは認識し得た。そうであるから、被控訴人銀行は、控訴人に対して通帳などの提示を求めることなく、控訴人の改印届ないし払戻請求に応ずる義務があった。」

二  当審附加主張

1  控訴人

(一) 被控訴人銀行は、本件訴状が送達される以前から、控訴人が預金者であると認識していたし、あるいは認識することができた。

したがって、控訴人の遅延損害金請求は権利の濫用に当たらない。

(二) 仮に、本件訴状送達の翌日からの附帯請求が認められないとしても、預金が控訴人に帰属していることを参加人が認めた旨の文書である甲第一〇号証の提出日(原審第一回弁論期日)である平成七年七月一〇日からは附帯請求が認められるべきである。

(三) 仮に、被控訴人銀行の主張する供託が有効であるならば、同還付請求権は控訴人に帰属する。ところが、被控訴人Y2は、右還付請求権が自己に帰属する旨主張している。したがって、控訴人は、被控訴人らに対し、右還付請求権が控訴人に帰属することの確認を求める。

2  被控訴人銀行

膨大な数の預金口座を取扱う銀行としては、通帳と届出印を提示できないような者に対しては、払戻しをしないというのが原則である。控訴人は、本件各預金の通帳と届出印の提示ができなかった。これらは、過去一〇年以上の長期にわたりa病院を切り回してきた控訴人の理事であり、妻である被控訴人Y2が所持、使用してきた。しかも、被控訴人Y2は参加人として、本件各預金が自己に帰属すると主張している。このような場合に、本件各預金が控訴人に帰属することが明白であるとはいえない。

本件各預金の帰属に関する資料は、本件訴訟手続の中で判明してきた事柄である。

被控訴人銀行は、このような状況で控訴人が預金者であることを認識できなかった。

理由

第一主位的請求に対する判断

一  原判決の引用

原判決理由説示関係部分中一一頁三行目冒頭から二〇頁八行目文末までをここに引用する。

ただし、次のとおり補正する。

一二頁一二行目の「経営についても」を「経営について」と改める。

一三頁七行目の「被告との間に」の次に「おいて」を加入する。

同行目の「当時に」を「当時から」と改める。

一五頁四行目の「到底」から同五行目文末までを「認められない。」と改める。

一六頁三行目の次に改行して次のとおり加入する。

「 以上によれば、本件各預金は控訴人に帰属するものというべきである。」

二  本件各預金請求の検討

前示原判決の引用により説示したとおり、本件各預金債権はその名義人であり、出損者である控訴人に帰属する。それ故、被控訴人銀行は控訴人に対し、本件各預金債権の支払義務があるところ、被控訴人銀行はこのうち、被控訴人銀行主張のとおり供託をしている。そして、前示原判決の引用により認定した事実を総合すると、控訴人は通帳、証書及び届出印を所持せず、一〇数年来預入行為を行ってきた被控訴人Y2がこれを所持していた。そして、同被控訴人は、自己の貯金であることないし自己がその管理処分権を有することを主張し、本訴に当事者参加をするに至っていることが明らかである。そうすれば、専ら控訴人(医療法人)の内部事情によって控訴人代表者が被控訴人Y2にa病院の運営を委せ切りにし、放置して省りみなかったため、弁済者である被控訴人銀行は、その過失なくして債権者を確知することができなくなったものというべきである。それ故、右供託は民法四九四条後段により有効である。

したがって、被控訴人銀行は、右供託部分の債務を免れるから、控訴人の本件各預金の払戻請求のうち、右供託部分は失当であって、これを棄却すべきである。

三  遅延損害金請求の検討

金銭債権の遅延損害金の請求には、履行期の徒過と履行しないことが違法であることが必要である。しかし、債務者である被控訴人銀行に、不履行について帰責事由があることは必要でない。不可抗力をもっても抗弁とならない(民法四一九条二項後段)。そして、本件各預金が履行期を徒過していることは争いがない。

問題は、債務者である被控訴人銀行の不履行が違法であるか否かである。

被控訴人銀行は、本件各預金の証書、通帳、届出印、これを押印した払戻請求書の提示、提出を要することが預金の約款に定められているから、これがない控訴人の請求は失当である旨抗弁する。

なるほど<証拠省略>によると、普通預金の払戻、定期預金、定期積金の解約、払戻には右の提示、提出を定める約款があることが認められる。この約款は多数の預金者に対する払戻を円滑に行い、準占有者に対する弁済などとして、誤払の危険から銀行を保護する点で合理性がある。

したがって、預金の払戻請求には、この預金証書、通帳の提示、届出印ないしこれを押印した払戻請求書の提出が必要である。

しかし、この提示、提出が約款上必要であるからといって、預金債権が指名債権であり、右証書、通帳が単なる証拠証券であることに変りがない。そうであるから、支払請求者が預金者本人である以上、証書、通帳と引換えでなくても、その者に対し、銀行に払戻義務があり、履行期徒過の時点から履行遅延による遅延損害金の支払義務がある。

もっとも、銀行にとって、本人であるかどうかの確認は必ずしも容易ではない。そこで預金者本人に有効な弁済をなしたことの証拠方法保全のために、その手段として前示約款ないし特約があるにすぎないと考える。

そうだとすると、銀行が預金者本人を確認するために必要最小限の相当の期間経過後は、銀行の不履行は、たとえ証書、通帳、届出印の提示、提出がない請求に対するものであっても、違法である。

けだし、預金債務は金銭債務であるから、銀行は、その不履行について、帰責事由(故意、過失)の有無にかかわらず、法定利率による遅延損害金を支払う義務を負う(民法四一九条二項後段)。銀行は弁済供託をしない限りその支払義務を免れないのである。

そうすると、被控訴人銀行は、遅くとも本件訴状送達の翌日である平成七年六月二日から前示供託の日である平成八年七月三十一日までは本件各預金合計二億七一五〇万七二八九円、その翌日である同年八月一日から支払済みまでは右金額から前示供託額を差し引いた二一九五万三九五五円に各対する、それぞれ商事法定利率六分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

四  権利濫用の抗弁の検討

1  被控訴人銀行は、こう主張する。

前示のとおり、本件各預金の証書、通帳、届出印は、預金取引の継続した一〇数年間に亘り控訴人代表者の妻である被控訴人Y2が、預入、解約などを行ってきた。ところが、被控訴人銀行係員に面識のない右代表者が本件各預金証書等を提示することなく、届出印の改印を申出た。これを拒絶すると払戻請求をした。控訴人の預金ならば容易に通帳などを提示できるのにこれをしなかった。そうすると、控訴人の遅延損害請求は権利の濫用である、と。

2  前示原判決理由説示の引用により認定した事実、弁論の全趣旨によると、控訴人が預金証書、通帳、届出印を提示、提出できなかったのは、控訴人である医療法人内部の経営形態ないし内部的業務委託に関する控訴人代表者とその妻である被控訴人Y2の対立に起因するものである。しかも、被控訴人Y2は、当初必ずしも本件各預金の帰属ないしその権利を主張していなかったが、被控訴人銀行による支払拒絶を求め、その後本訴に参加して本件各預金の権利主張をしていることが明らかである。

3  原判決は、こう説示する。前示預金証書、預金通帳、届出印の提示、提出をしない請求について、銀行が他の資料により容易に預金者であると判断できる場合を除き遅滞の責任を負担させると、本来預金者が負担すべき債権者であることの立証義務を銀行に転嫁することになる。それ故に遅延損害金の請求は権利の濫用である、というのである。

しかし、これは是認することができない。なるほど、前示のとおり、控訴人において、本件各預金証書等の提示、提出ができなかったのは、控訴人(医療法人)内部の経営、業務分担に関する問題に起因するものであり、被控訴人銀行に帰責事由があるとはいえない。しかし、前示のとおり、約款によっても、預金債権が指名債権であることに変りがなく、預金証書等の提示、提出が払戻請求の要件となるとか、これと同時履行の関係に立つものとはいえない。しかも、金銭債権である預金債権の法定利率による遅延損害金の支払債務は、不可抗力をもって抗弁とすることができない(民法四一九条二項後段)。このような法的関係の下において、金銭債権の遅延損害金請求の権利濫用をいうには、債権者債務者の帰責事由の有無やその軽重の比較衡量によることは相当でない。

もとより、金銭債権である預金の遅延損害金請求についても、権利濫用が考えられなくもない。しかし、それは銀行の経営、業務を混乱させ、これに損害を加える目的のみで、自己が所持する預金証書等を隠して提出せず、高額の預金の遅延損害金の支払を請求するなど、社会生活上到底容認しえないような不当な結果を惹起する場合でなくてはならない。本件においては、前示認定の各事実を考え併せても、このような遅延損害金請求を権利濫用とみるべき事実を認めるに足らず、本件全証拠によってもこれを認めることができない。

したがって、被控訴人銀行主張の権利濫用の抗弁は採用できない。

第二予備的請求に対する判断

前示原判決理由説示の引用により認定した事実、弁論の全趣旨によると、控訴人の予備的請求原因事実を認めることができる。

したがって、控訴人の予備的請求は理由がある。

第三まとめ

以上をまとめると次のとおりである。

一  控訴人の被控訴人銀行に対する主位的請求について

1  控訴人の被控訴人株式会社Y1銀行に対する、供託金を差し引いた預金残額金二一九五万三九五五円及びこれに対する供託日の翌日である平成八年八月一日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払請求は理由がある。

2  控訴人の被控訴人株式会社Y1銀行に対する、預金総額金二億七一五〇万七二八九円に対する訴状送達の翌日である平成七年六月二日から供託の日である平成八年七月三十一日まで年六分の割合による金員の支払請求は理由がある。

3  控訴人の被控訴人株式会社Y1銀行に対するその余の主位的請求は理由がない。

二  控訴人の被控訴人らに対する予備的請求について

控訴人の被控訴人らに対する、和歌山地方法務局平成八年度金第一〇六三号供託事件(供託金額金二億四九五五万三三三四円、供託者被控訴人株式会社Y1銀行、被供託者控訴人又は被控訴人Y2)の供託金の還付請求権が控訴人に帰属することの確認請求は理由がある。

第四結論

よって、本件控訴は一部理由があるから、以上と異なる原判決主文一、二項を変更し、当審における予備的請求は理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。なお、原判決主文三項は控訴等の不服がない。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 小田耕治 杉江佳治)

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